接続された身体のメランコリー

-〈フェイク〉と〈喪失〉の21世紀英米文化-

髙村峰生 著

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接続された身体のメランコリー

定価2,420円(本体2,200円)

発売日2021年3月24日

ISBN978-4-7917-7365-7

綺羅星の星座を読む

ジム・ジャームッシュ、スパイク・リー、クエンティン・タランティーノ、クリストファー・ノーラン、デヴィッド・ボウイ、ルー・リード、トニ・モリスン、ドン・デリーロ、カズオ・イシグロ――21世紀の英米文化をかたちづくってきた〈スター〉の作品はなにを演じ、なにをうたっていたのか。文学と身体の、映画と国家の、音楽と表象の結節点を精緻に解きほぐす。気鋭のアメリカ文学者による重厚にして怜悧な批評=研究。

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序論 自宅への流刑、 あるいは思い出すことすら不穏当なことを思い出すこと――コロナの時代にカミュとアルトーを読む

 

第一章 構築と落下――『インセプション』における重力

 

第二章 背後の世界、あるいはあらかじめ喪われているものの彼方へ――ルー・リードとデルモア・シュウォーツ 

 

第三章 星条旗の(黒い)星のもとに――デヴィッド・ボウイと「アメリカ」

 

第四章 “Can I Be Real ?”――アメリカ時代のデヴィッド・ボウイにおけるフェイクとフェイム 

 

第五章 すべての荒廃の後で――アクロン、メンフィス、デトロイト、そしてパターソン

 

第六章 記憶の揺曳/揺曳の記憶――カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』における水と揺れ

 

第七章 「稲妻(の速さ)で歴史を書く」――『國民の創生』と『ブラック・クランズマン』における引用、真実、歴史

 

第八章 「デュマは黒人だ」―― 『ジャンゴ 繋がれざる者』における奴隷制度とその外部

 

第九章 深い皮膚―― 『神よ、あの子を守りたまえ』における商品化された「黒さ」と触覚的身体

 

第一〇章 接続された身体のメランコリー――ドン・デリーロの『ボディ・アーティスト』におけるメディアの存在論

 

あとがき

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髙村峰生(たかむら みねお)
1978年東京生まれ。東京大学文学部人文社会系研究科博士課程単位取得満期退学。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校で博士号を取得(Ph.D in Comparative Literature, 2011年)。現在、関西学院大学国際学部教授。専門は20世紀の英米文学・文化、および比較文学/表象文化論。著書に『触れることのモダニティ――ロレンス、スティーグリッツ、ベンヤミン、メルロ゠ポンティ』(以文社、2017年、第9回表象文化論学会賞)。共著に『文学理論をひらく』(木谷厳編・北樹出版、2014年)、『メディアと帝国』(塚田幸光編・小鳥遊書房、2021年)など。『英文学研究』、『表象』、『ユリイカ』などに論文やエッセイを発表している。